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中川翔子の父(勝彦)の女性関係スキャンダル画像!死因や天国からメールの真相?

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中川翔子父親のスキャンダル写真流出や、父親の天国からのメールの真相が怖いと言われています。

中川翔子子供時代から闇を抱えていたところがあったようです。

中川翔子についてまとめましたのでご覧ください。

  • プロフィール
  • 本名『しようこ』の訳が悲しい
  • 父親の死因は?
  • スキャンダル画像が流出
  • 天国からメールが届いた
  • 父親への思い

 

プロフィール

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 名前 中川翔子(なかがわしょうこ)

 本名 中川しようこ

 生年月日 1985年5月5日(31歳)

 出身地 東京都中野区

 血液型 A型

 身長 157cm

 職業 歌手、タレント、女優、声優、アイドル

 活動期間 1990年

 事務所 ワタナベエンターテイメント

 

中川翔子は子役として活動しており、『中川薔子』の芸名で芸能事務所に所属していました!

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中川翔子が、事務所『ジャッキー・チェン事務所』に所属することになったきっかけは、

”2001年16歳の時に、

母親とジャッキー・チェンの経営する香港のレストランに訪ねた際に、

ジャッキー・チェンと遭遇した中川翔子が感動し、泣いているところにジェッキー・チェンが「大丈夫?」と声をかけてくれたこと”

だったそうです!

中川翔子はもともとジャッキー・チェンの大ファンだったそうです!

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しかし、翌年の2002年にジェッキーチェンの日本支部の事務所が閉められることのになり、2002年11月に『ワタナベエンターテインメント』に移籍しました!

 

本名『しようこ』の訳が悲しい

中川翔子が自著『しょこ☆まにゅ』で本名の訳について綴っていました。

”出生児、母子ともに危険なだったため、

母子ともにしばらく入院する必要があった。

母方の叔母が代理で、出生届の手続きをした。

名前の欄に、『薔子(しょうこ)』と記入し提出したが、

『薔』の文字が人名用漢字ではないという理由で受理されなかったことに、

叔母は憤慨し、ならばと、その場ですぐにひらがなで『しょうこ』と書いたつもりだったが、

なぐり書きをしたがために『しようこ』として受理されてしまった”

という経緯だったそうです。

 

『薔』という文字を指摘するよりも、本当に『しようこ』で良いのか確認するべきでは・・。

 

中川翔子の本名の訳は、

”名前を書きなぐりされたから”

という、とても悲しいものでした・・。

 

しかし、

”本名が『しようこ』だと気づいたのは

中川翔子が大人になってからだった”

そうで、ずっと『中川しょうこ』として過ごしていたそうです。

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学生時代からとても可愛い容姿をしていた中川翔子ですが、中学時代にはオタクという理由でいじめにあっていたそうです。

学校に行くのが怖く、ほとんど登校していなかったそうです。

いなくなりたいと思っていたそうです。

 

中川翔子曰く、

”10代 暗黒期”

”20代 歌とライブに出会えた、いろいろできた”

”30代 強くかっこよく、スーパーしょこたんになりたい”

なんだそうです。

 

30代の中川翔子が明るそうでとりあえず良かったです!

 

父親の死因は?

中川翔子を検索すると、『父親』というワードはずっと消えずに存在しています。

 

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 名前 中川勝彦(なかがわかつひこ)

 生年月日 1962年7月20日(32歳没)

 職業 ミュージシャン、俳優、声優

 活動期間 1980-1994年

 

”1992年9月、急性骨髄白血病を発症”

”1994年9月17日、32歳で亡くなる”

中川翔子は当時9歳でした。

 

父親の勝彦は、

”子供がまだ小さいから死にたくない”

と周囲に話していたそうです。

 

父親の勝彦は、身内からドナーを探していたそうですが、誰とも合わなかったそうです。

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最後に中川翔子も調べようとした時に父親の勝彦は、

”小さな翔子の体に負担をかけたくない”

という父親の勝彦の希望で、中川翔子がドナーに合うか調べなかったそうです。

 

天国からのメールではなく・・・

これは、テレビ番組『ほんとにあった怖い話』で放送されていました。

”父親の勝彦が亡くなった後。

部屋で寝ていると金縛りにあった。

机の上のパソコンが勝手に起動して、

キーボードを叩く音が聞こえた。

数ヶ月後、今まで開いたことのなかったメールボックスを何気なく開いてみると

下書きに1件のメールがあるのを見つけた。

件名は『katsuhiko』

宛先は『nakagawakatsuhiko』

作成された日づけは7月20日。

金縛りがあった日も7月20日だった。

7月20日は父親の勝彦の誕生日だった”

 

メールのほかにも怪奇現象が起きていたそうです。

”父親の勝彦が大切にしていた懐中時計が亡くなった時刻で止まっていた”

”誰もいないはずの2階から足音が聞こえる”

”締め切った部屋で髪の毛がなびく”

 

しかし、番組内で霊能力者は、

”これらの怪奇現象は父親のイタズラではない”

と断言していました。

”お父さんだったら娘を怖がらせるようなことはしない”

とのこと・・。

 

では、このようなイタズラをしているのは一体・・、

”とても強い女性の霊”

なんだそうです・・。

 

父親の勝彦からのメールだと思っていた中川翔子はショックを受けていました。

 

しかも、

”中川翔子が幸せになるのを邪魔しており、

良い男性と巡り会えないようにしている”

んだそうです・・。

 

中川翔子の自宅には数体の霊がいるとのことで、緊急で除霊が行われました。

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スキャンダル画像が流出

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中川翔子は1985年、父親の勝彦が22歳、母親が19歳の時に産まれています。

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しかし、当時父親の勝彦は、

”アイドル的存在のアーティストだったため、

できちゃった婚だったことを公表していなかった”

そうです。

 

実は子供がいたと世間に明らかにされたのは、

”中川翔子が芸能界デビューしてからのこと”

だったそうです。

 

父親の勝彦も中川翔子と同様に、オタクだったそうで、

”ゲゲゲの鬼太郎や謀図かずおの作品を読まないと

立派な大人になれない”

と、中川翔子に教えていたそうです。

 

↓中川翔子が描いた家族の絵もとても素敵に見えます。

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しかし、父親の勝彦が家に帰ってくる日はほとんどなかったそうです。

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父親の勝彦が家になかなか帰ってこなかった理由はもちろん仕事もあると思うのですが、

”2011年2月頃、

勝彦が妻ではない女性と性行為をしている写真24枚が

あるサイトにアップされた

という衝撃的な出来事がありました。

写真の流出経路や動機は明らかになっていないようです。

 

そのサイトは2011年内に閉鎖されたようで、写真は見つけることができませんでした。

 

もちろん、中川翔子を大切に思っていた勝彦だと思いますが、浮気していたようですね・・。

 

中川翔子はこの写真流出でショックを受け、

”翔子が9歳の誕生日に、

父親の勝彦からもらった誕生日カードを捨ててしまった”

んだそうです。

 

父親の勝彦が亡くなる4か月ほど前のことです。

 

しかし、母親が誕生カードを拾い、また大切に保管しているそうです。

 

父親への思い

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中川翔子は、亡き父親について以下のように述べています。

 

2005年

”父親を思い出して泣くことはない。

ほとんど父は家にいなかったから。

祖父が私にとって父親変わりで、

祖父のことを『パパ』、『パピィ』と呼んでいたから”

 

2006年

”ゲームをしている時に母親から、

父が死んだと聞かされてふ〜んと思った”

 

2010年

”父を思い出すと涙が出るから考えないようにしている。

病院に呼ばれて私の手を握った瞬間に父は亡くなった”

2006年と2010年に述べている内容が矛盾しています・・。

 

https://twitter.com/shoko55mmts/status/512171711869882368

 

そして、2015年8月11日バラエティ番組『解決!ナイナイアンサー』に出演した際・・。

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父親の勝彦の自分への想いを知り、

”父親が自分(翔子)のことを

考えていてくれているとは思わなかったので。

申し訳なかったです。

本当にずっと。

感謝して生きていかなきゃって思い直しました”

と番組内でコメントしていました。

 

中川翔子は明るいイメージが強かったので、家庭で様々な経験をしていたことに驚きました。

中川翔子が仕事もプライベートも充実していることを願います!

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最後までご覧いただきありがとうございました!

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