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三浦大知2018金スマ出演!休止の訳?沖永良部島の親や祖父母についても!

2018/01/27


 

9歳で天才と言われレビューした三浦大知!

 

しかし、理由があり、12歳で芸能活動を休止

15歳で再デビューを目指すも、ブレイクまでに18年もかかったわけがあった・・?

 

  • プロフィール
  • 休止と18年間ブレイクしなかったわけ?
  • 親はどんな人?
  • 祖父母からの言葉

 

・プロフィール

名前 三浦大知(みうらだいち)

生年月日 1987年8月24日(30歳)

出身地 沖縄県

血液型 AB型

身長 175cm

職業 歌手、ダンサー、振付師

活動期間 1997年

事務所 ライジングプロダクション

 

 

  • 星野源『度肝を抜かれました』
  • 笑福亭鶴瓶『グラミー賞、日本人で1番あり得る』
  • 内村航平『歌もダンスの2つが完璧に合わさっている』
  • マツコデラックス『20年前からはまっている』
  • シットキングス『このレベルで踊れるのは三浦大知しかいない』

 

素人目線でも、あのダンスをしながら歌えるのがすごいと思うのですが・・!

 

あのダンスをしながら三浦大知がハンドマイクを使用しているのはなぜなのでしょうか?

ハンドマイクを口元から外すと、息が上がっていることが分からないから。

とのこと!

 

それだけでなく、気合で歌いながら踊っているそうです・・!

 

2017年に大ブレイクした三浦大知!

  • 2017年の自身初オリコン1位獲得。
  • ライブチケット1分で完売。
  • 『レコ大』『紅白』出場!

 

 

・18年間ブレイクしなかったわけ?

三浦大知は、9歳で『Folder』(フォルダ)からデビューしました!

メインボーカルを担当した三浦大知は天才少年だと一気に話題になりました!

 

しかし、まさかの12歳で芸能活動中止・・。

天才少年三浦大知は忽然と姿を消しました。

何があったのでしょうか・・?

 

三浦大知は、1987年に沖縄で生まれました。

 

三浦大知が幼稚園の5歳の頃

親の前で突然歌い出したそうです。

 

三浦大知はテレビで流れていた演歌をすぐに覚えアカペラで歌ったんだそう!

お母さんは音程がしっかり取れていて驚き、親ながら『この子は天才なのではないか』と感じたのだそうです!

 

そこで、三浦大知のお母さんは、近所の歌ダンスのレッスンスクールに三浦大知を連れて行ったそうです。

『SPEED』が所属していたスクールでした。

 

三浦大知の講師を務めていた牧野アンナは、三浦大知についてこのように語っています!

『怪物。異次元の世界。持って生まれたリズム感。

島袋寛子だったり、彼女たちを超えるものを持っている。これまで小学生であんな子を見たことない。

三浦大知には生まれ持ったものがあったので、魂の叫びのようなものを挑戦させたりした。歌唱力ではなく、表現力を強化していくことにした』

 

牧野アンナは当時、小学生の三浦大知に対して、

『女を口説くみたいな』

とも指導していましたww

 

確かにレベルが高いですねww

 

そんな中、東京からSPEEDなどを排出した社長がレッスンスクールに訪れました。

レッスンを受ける三浦大知を初めて見た社長は、

『あの子はマイケルジャクソンになれる』

と断言したそうです!

 

そして『フォルダ』のボーカル『DAICHI』としてデビューすることが決まりました!

 

当時『CDTV』にも出演していました!

三浦大知は『和製マイケルジャクソン』という異名をつけられるほど注目されることになったのです!

 

ソロ活動も開始!

 

しかし、天才だと評されていた三浦大知に転機が・・。

レコーディング中でのことでした。

『サビのところをもう一回!』

歌を取り直してもスタッフは納得できなかったのです。

 

それは三浦大知に異変が訪れたからです・・。

 

小学6年生で変声期が訪れたのです・・。

デビュー以来の高音ボイスが出なくなることを致命的だった・・とのこと。

 

変声期の三浦大知に合わせて”キーを下げて『フォルダ』の方向性を変えていく”との考えもあったようですが、

事務所が出した答えは、

『フォルダ』は解散する

というものでした。

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三浦大知はショックを受けたそうです・。

 

『フォルダ』解散理由は、声(高音)が出なくなったから・・。

 

そして、三浦大知は芸能界から姿を消しました。

 

中学時代にはバレボールのキャプテンを務めるなど、三浦大知は普通の中学生に戻りました。

 

しかし、三浦大知には、他の中学生とは違うことが1つあったのです・・。

事務所から言われた『解散理由』とは?

『いいか、『フォルダ』は解散するが、三浦大知が終わるわけではない。

解散理由は”大知の声を守るため”。

今無理に歌ったらダメだ。一旦休もう』

つまり、声を温存することが休止の目的だったのです!

 

そして、3年後。

 

15歳でスタッフの前で1回歌を歌ってみることになった三浦大知!

 

しかし、結果はスタッフの予想していたものとは違っていたそうです・・。

三浦大知はこの時のことについて以下のように語っています。

『3年間も歌ってなかったから声が出ない。筋肉が動かない。

歌うために休んでいたのに。事務所側もデビューできないな、と判断した』

 

再デビューは保留になり、実質は白紙に・・。

 

それからも三浦大知は懸命に練習を続けたそうですが、白紙のまま時間が過ぎていったんだそうです。

実力は申し分なかったそうですが、再デビューする時期を完全に失っていたそうです。

 

三浦大知には『何のために声を温存したのか・・』という焦りがあったそうです。

大人に言われた通りにした結果がこうなったのですね・・。

 

そして、それから2年が経ち・・。

この三浦大知の才能を放っておくのは勿体無いということでようやく再デビューの話が浮上したそうです!

 

才能があるにもかかわらず、世間的の三浦大知への認知度は低く、埋もれた存在になっていたことがブレイクしなかった1つの原因のようです。

 

そして、再び注目されるきっかけが訪れました!

ミュージックビデオのプロモーションビデオのリハーサルを撮影していた時のことでした。

三浦大知のダンスを見慣れているスタッフですら、

『これはリハーサルでもすごい!リハーサル映像ですらかなりすごい!』

と改めて驚いたんだそうです!

 

そこで1人のスタッフが、

『ネットにこの動画をアップしてもいい?』

と発言!

本来は世間に流すものではなかったそうですが、スタッフのこの言葉をきっかけにネットで公開されることになりました!

 

世間の反応は、

驚愕、鳥肌、神クオリティ。

 

動画はどんどん拡散され、1週間で20万回再生を突破しました!

 

また、その頃、ダンスが日本で普及されていた時期でもあったことが三浦大知のダンスが拡散される要因でもあったようです!

当時、中学の体育の授業で”ダンス”の項目が取り入れられた時期でもあったのです!

 

時代が三浦大知の才能に追いついた(気づいた)ということですね!!!

 

そして、あるパフォーマンスも話題になりました!

【無音ダンス】です!

音がない中で、彼らは息遣いだけを頼りにダンスを合わせることができるのです!!

 

バックダンサーは三浦大知のダンスについて、

『三浦大知のダンスを見ていると、ダンサーから見ても変な汗を掻くくらいすごい』

と述べています!

 

こうして大ブレイクまで18年もかかったのですね・・!

『ようやく世間が三浦大知に追いついた』

三浦大知の才能は昔から変わっていないということですね!!

 

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・親はどんな人?

まず、三浦大知の両親は三浦友和と山口百恵ではありません

苗字が同じなだけですね。

 

三浦大知の父親は自衛官なんだそうです!

父親の職業柄、三浦大知は沖縄県、広島県、神奈川県に移住していた時期もあったそうです。

 

 

・祖父母からの言葉

2017年、大晦日、三浦大知が『紅白歌合戦』に初出場を果たしました。

 

現在、鹿児島県に住む三浦大知のおじいちゃんとおばあちゃんは、

『子供も孫もみんな家に集まるので、紅白を見るためにテレビ2台用意した』

とのこと。

 

父方の祖母である三浦アキさん(84歳)は、このように音楽について語っています。

『1945年の沖縄戦。当時11歳。沖永良部島。

・・鍾乳洞に逃げ込み助かった。島は空襲で焼け野原に。数ヶ月鍾乳洞で生活を送った。空腹との戦いだった。

しかし、辛かったのはそれだけではなかった。子供たちが連れてこられたのは、集団自決するための洞窟。自ら死を選ぶことが美徳であるという教えを受けさせられた。

兵隊の元で、当時小学4年生にしてタケヤリの訓練もさせられた。生きる希望を失いかけていた。

そんな時、救われた出来事があった。兵隊たちが子供たちのために歌を歌ってくれた。

『とてもかわいい三浦さん〜♪♪』と、子供一人一人の名前を入れて歌ってくれたことが嬉しかった。

それから、辛い時は子供たちみんなで歌った。終戦まで生きる大きな支えになった』

 

三浦大知は、その話を祖母から聞いた時に、

『自分も音楽でできることがあるのかなと思った』

と感じたのだそうです。

 

祖母は、現在劇団を結成し、島中を回って踊りや歌を披露し、島を活気づけているのだそうです。

 

祖父は、

『だから大知も歌がうまいんじゃないかな?』

と語っています。

 

三浦大知は歌をうたうべくして生まれてきたと言っても過言でないように思います。

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